2006年05月05日

ファシリテーションの枠

最近、ファシリテーションというものについて考えることがあります。

ファシリテーションは(マインドではなく)スキルなんだ』というのが現在の自分の中での結論です。
つまりファシリテーションが活用される場である『話し合い』において、ファシリテーションはスキル・手段であり、『参加者を満足させる』ことの一つの手段でしかないと思うのです。マインドと言うのはその場で醸成するのでなく、話し合いの主催者がしっかりと醸成しておくべきだと言う事です。
つまり、どんなにすぐれたファシリテーションのスキルを持っていようとも、話し合いという外枠の設定がお粗末では本末転倒な気がします。
極端な話、話し合いの主催者が『いつ、だれと、なにを決めるか』など必要な条件をないがしろにし、参加する予定のメンバーへの心のケアが出来ていない組織、これはファシリテーション以前だと思います。逆に、この『博多時悠塾』のようにメンバーが熱い思いで

これらの『話し合いとファシリテーション』『ファシリテーションとは何か?』については、後日改めて書いていこうと思います。


posted by 会議研D at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | ★日常で感じたこと
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